「人間の脳を持った動物」が誕生間近!? 現代のフランケンシュタイン達が挑む“キメラ胚”研究がヤバすぎる
2016.06.01
科学分野だけではなく、オカルト・不思議分野にも造詣が深い理学博士X氏が、世の中の仰天最新生物ニュースに答えるシリーズ
今月23日付の英紙「Mirror」によると、昨今、病気の治療や臓器再生の手段として人間と動物の“キメラ研究”が盛んになっているという。
■夢がある? キメラ胚の研究
生物学でいうキメラとは、2つ以上の異なる遺伝情報を持つ細胞から作られた1個の生物個体を指す。広義では、接ぎ木された植物や異種間臓器移植を受けた動物もキメラに当たる。しかし今話題になっているのは、生物の初期発生段階にあたる胚でのキメラ作成。つまり、一部は人間由来、一部は他の動物由来という胚を作成することで、ハイブリッド生物を誕生させようとしているのだ。
キメラ胚の研究は世界中で行われているが、その第一人者として知られているのが、スタンフォード大学の中内啓光教授(東京大学の教授も兼任)である。
中内氏らは、この技術をiPS細胞を使った臓器再生に応用している。ES細胞やiPS細胞による再生医療研究は日々進歩しているが、試験管や培養皿の中では臓器の複雑な形を再現することができない。中内氏らの手法ではまず、膵臓を作れなくした遺伝子改変ブタの胚にヒト由来のiPS細胞を移植し、人間とブタのキメラ胚を作成する。この胚を子宮に移植して発育させると、子ブタはヒトの膵臓を持って生まれてくる。後は子ブタが成長し、膵臓が適切なサイズになるのを待つだけだ。
難病に苦しみ臓器移植を待つ人々にとって、なんとも夢のある話ではないだろうか。
しかしながら、この技術は様々な問題を孕んでいる。生物学に詳しいX氏はこう解説する。
「キメラ胚の問題の一つに、ヒトの細胞が動物にどのような影響を与えるか、まだわからないということがあります。例えば、ヒトの脳細胞をもった動物が生まれる可能性だってあります。実験の結果、ヒトのような知性を持った動物が生まれたとしたら? キメラが繁殖してしまったら? 科学界のみならず、社会全体に与える影響は計り知れません。このような恐れもあり、アメリカ国立衛生研究所(NIH)は2015年にキメラ胚への支援を中断すると発表しました」
なんと、アメリカの公的機関がキメラ胚研究を中止させようとしているのだという。しかし、とX氏は続ける。
「キメラ胚による移植用臓器研究は魅力的ですから、NIHがどう言おうと、資金援助する団体は多い。実際、アメリカだけでも少なくとも20体のブタとヒトあるいはヒツジとヒトのキメラ胚が樹立されたと言われています。研究の進歩に規制も議論も追いついていないのが現状です」
実は、動物とヒトのキメラはすでに生まれているかもしれない、とX氏は語る。それが我々の目の前に現れる日も、それほど遠くはないのかもしれない。
(吉井いつき)
・理学博士シリーズはコチラ
参考:「The Daily Mirror」、「科学技術振興機構」、「NIH」、「MIT」、ほか
参照元 : TOCANA
多能性幹細胞を用いてマウスの体内でラットの膵臓を作製することに成功
本成果は、以下の事業・研究プロジェクトによって得られました。
戦略的創造研究推進事業 ERATO型研究
研究プロジェクト : 「中内幹細胞制御プロジェクト」
研究総括 : 中内 啓光(東京大学医科学研究所 教授)
研究期間 : 平成19~24年度
JSTはこのプロジェクトで、臓器発生過程の基礎的研究と、その知見に基づいた臓器再生法確立のための新技術の研究を行っています。
<研究の背景と経緯>
臓器不全症の治療には現在、主に人工臓器や臓器移植が用いられています。例えば慢性腎不全の場合、約30万人もの人が人工透析を受けています(社団法人 日本透析医学会 2009年データ)。しかし、その治療費が年間1兆円を超え保険財政をひっ迫させているばかりでなく、何よりもこれらの患者は多くの合併症に苦しんでいます。
一方で腎移植は、より有効な治療と考えられますが、社団法人 日本臓器移植ネットワークのデータによると2010年8月時点で移植待機者は約12,000人にのぼり、国外で移植を受けるといういわゆる渡航移植も問題となっています。慢性腎不全の原因の第1位は糖尿病性腎症であり、糖尿病の増加に伴って慢性腎不全患者も増加の一途をたどっています。このような背景の中、移植可能な臓器を患者自身の細胞から作ることは再生医療の重要な目標の1つとなっています。そのための細胞として期待されているのが生体内の全ての細胞に分化が可能な多能性幹細胞です。
多能性幹細胞である胚性幹細胞(Embryonic Stem cell:ES細胞)注3)がヒト受精卵から樹立されて以来、臨床応用を目指した多くの研究が進められてきました。特に近年、誘導型多能性幹細胞(induced Pluripotent Stem cell:iPS細胞)注4)技術の開発により、分化が進んだ体細胞をES細胞とほぼ同等の能力を持つ多能性幹細胞に簡便かつ再現性よく転換できることが可能になりました。これにより“自分の多能性幹細胞”から生体外で望みの細胞を作ることへの道が開け、糖尿病やパーキンソン病などのさまざまな疾患の治療に応用されようとしています。
しかし臓器を作るためには、その三次元的な構造を生体外で再現しなければならず、困難を極めます。そこで本研究では「胚盤胞補完法(Blastocyst complementation)」の技術に注目しました。胚盤胞補完法とは、特定の細胞を作る能力を欠損しているマウスの胚盤胞に正常なマウス由来の多能性幹細胞を注入しキメラ注5)が成立すると、欠損した細胞が完全に多能性幹細胞由来のものに置き換えられるというもので、今から15年ほど前にリンパ球を欠損したマウスを用いてその原理が報告されています。今回、この原理を応用し、遺伝的に特定の臓器を欠損するマウスの胚盤胞に多能性幹細胞を注入することで生体内で多能性幹細胞由来の臓器が作れないかと考えて研究を進めました。
<研究の内容>
(1)胚盤胞補完法を利用した多能性幹細胞からの臓器作出(図1A)
本研究ではまず、胚盤胞補完法により臓器が作れるかを明らかにするため、マウスの多能性幹細胞と、膵臓ができないように遺伝子操作したPdx1ノックアウト(KO)マウス注6)を用い、多能性幹細胞由来の膵臓が作れるかを試みました。Pdx1 KOマウスの胚盤胞に緑色蛍光たんぱく質EGFPで標識した多能性幹細胞(ES細胞もしくはiPS細胞)を注入し、仮親の子宮へ移植した後、新生児を解析しました。その結果、多能性幹細胞の寄与が認められたPdx1 KOマウスの膵臓は、一様にEGFP蛍光を示しました(図2)。EGFP陽性細胞の分布と、膵臓の機能を示す生体因子との相関を組織学的に確認したところ、膵臓を構成する外分泌組織、内分泌組織、膵管のそれぞれが全てEGFP陽性の多能性幹細胞由来の細胞から構成されていました。そのような膵臓を持ったマウスは高血糖などの症状を示すことなく成体まで発育し、正常な耐糖能も獲得していることから、多能性幹細胞由来の膵臓が生体内で正常に機能していることが分かりました。また、iPS細胞由来の膵臓から単離した膵島を糖尿病マウスに移植して血糖を正常化させることにも成功し、膵島移植のドナーとしても利用できることを示しました。このことから、胚盤胞補完法により多能性幹細胞由来の機能的な臓器を作り出せることが分かりました。
(2)マウスおよびラット多能性幹細胞を用いた異種動物間キメラ注7)の成立(図1B)
次に異種動物間におけるキメラ形成能を確認するため、多能性幹細胞(ES細胞もしくはiPS細胞)を用いたマウス-ラット間の異種動物間キメラ作製を試みました。EGFP標識したマウス多能性幹細胞をラットの胚盤胞に、逆にEGFP標識したラット多能性幹細胞をマウスの胚盤胞に注入したところ、マウスおよびラットの多能性幹細胞は互いの胚発生に寄与し、出生後も生存可能な異種動物間キメラの作製に成功しました(図3)。EGFP蛍光を指標に異種の多能性幹細胞由来の細胞の分布を確認したところ、ほぼ全ての組織においてEGFP陽性細胞の存在が確認されたことから、多能性幹細胞を用いることで世界初のマウス-ラット異種動物間キメラを双方向から作製することに成功し、注入された多能性幹細胞は異種動物の環境においても正常に胚発生を経て全身の機能的な細胞に分化できることが分かりました。
(3)異種間胚盤胞補完法を用いて、マウス体内にラットの膵臓を作る(図1C)
最後に、上記(1)と(2)の知見を組み合わせてラットiPS細胞をPdx1 KOマウスの胚盤胞に注入することで、異種動物間胚盤胞補完法を介してラットの膵臓をマウス体内に作り出そうと試みました。その結果、Pdx1 KOマウス体内で一様にEGFP蛍光を示すラットiPS細胞由来の膵臓を作出することに成功しました(図4a)。それらは組織学的な解析においても一様にEGFP蛍光を示す細胞で構成されており、膵臓の機能を示す生体因子の発現も認められました。また、このラットiPS細胞由来の膵臓を持ったPdx1 KOマウスは成体にも発育し(図4b)、正常な耐糖能を獲得していました。
以上の結果から、マウスの体内にラットの多能性幹細胞由来の膵臓を作ることで、異種動物間の胚盤胞補完法により異種個体内に多能性幹細胞由来の臓器を作るという原理を証明しました。
<今後の展開>
本研究成果から、多能性幹細胞と胚盤胞のように、用いる細胞と胚が適切なタイミングと場所で同調すれば、例え異種動物の環境であっても、発生過程を利用して外から入れた細胞由来の臓器を作り出せることが分かりました。この原理を応用すれば、ヒトの臓器がどのように形成されるのか、そのメカニズムを異種動物の体内で解析することが可能になります。さらに患者由来の多能性幹細胞や、そこから生体外で分化させた細胞や組織を大型動物の個体の中に適切なタイミングと場所に移植することで、自身の臓器を作ることも可能になるかもしれません。このように本研究で証明した原理は、臓器再生という再生医療の最終的な目的を実現するための最初のステップとなりうるものと期待されます。
<参考図>
図1 本研究成果の概略図
図2 Pdx1 KOマウス体内に作られたマウスiPS細胞由来の膵臓(点線内)
図3 マウス-ラット異種動物間キメラ
右:野生型ラット
中:ラットiPS細胞を野生型のマウスの胚盤胞に注入してできたキメラマウス
左:野生型マウス
図4 (a)Pdx1 KOマウス体内に作られたラットiPS細胞由来の膵臓(点線内)と、(b)ラットiPS細胞由来の膵臓を持つPdx1 KOマウス個体
<用語解説>
注1) 多能性幹細胞
試験管内などの人工的に構成された条件下(in vitro)で無限の増殖能を持ち、生体の全ての組織の細胞に分化が可能な細胞。
注2) 胚盤胞補完法(Blastocyst complementation)
1993年にJianzhu Chenらによって報告された方法。彼らは免疫グロブリンの構成に必要な酵素Rag2を欠損し、成熟したリンパ球を持たないRag2ノックアウト(KO)マウスの胚盤胞に正常なES細胞を注入することでキメラマウスを作製した。それらを解析したところ、成熟したリンパ球は全てES細胞由来のものであった。このことから胚盤胞注入後に発生に寄与したES細胞由来の細胞が欠損している細胞系譜を補完できることを示した。
注3) 胚性幹細胞(Embryonic Stem cell:ES細胞)
受精後の胚盤胞(受精後4日程度の胚)に存在する内部細胞塊から樹立される多能性幹細胞。マウスでは1983年にMartin Evansらによって、ヒトでは1998年にJames Thomsonらによって、その樹立が報告された。
注4) 誘導型多能性幹細胞(induced Pluripotent Stem cell:iPS細胞)
生体に存在する体細胞に特定の遺伝子(初期の報告ではOct3/4、Sox2、Klf4、c-Mycの4つ)を導入することで誘導される多能性幹細胞。マウスでは2006年に、ヒトでは2007年に、それぞれ京都大学の山中 伸弥 教授らによって樹立が報告された。
注5) キメラ
胚同士の接着、もしくはES細胞を胚盤胞に注入することで得られる個体で、2種類以上の遺伝的に異なる細胞からなる。マウスではこのことを利用し、古くからノックアウトマウス作製に用いられてきた。
注6) Pdx1ノックアウト(KO)マウス
Pdx1は膵臓の発生に中心的な役割を持つ転写因子で、この遺伝子を破壊されたマウス(ノックアウトマウス)は膵臓が形成されないため、生後すぐに死亡する。
注7) 異種動物間キメラ
キメラを“種の異なる”2種類以上の細胞および胚を用いて作製した個体。1984年にFehilly C.らはヒツジ-ヤギのキメラ“Geep(ギープ)”の作製に成功したが、マウス-ラット間ではin vitroで混合胚はできるものの生存可能なキメラの存在は皆無であった。
<論文名>
“Generation of Rat Pancreas in Mouse by Interspecific Blastocyst Injection of Pluripotent Stem Cells”
(多能性幹細胞と異種間胚盤胞補完法を利用したマウス内におけるラット膵臓の作出)
doi: 10.1016/j.cell.2010.07.039
参照元 : 科学技術振興機構(JST)
豚や羊の中で人間の臓器を作る「キメラ技術」とは?
2016年01月13日 20時00分00秒
体組織や臓器を移し替える移植手術は、ドナーが見つからなければ見つかるまで延々と待ち続けなければいけません。そんな移植待ち状態を解消する光となるかもしれない技術が、動物の体内で人間の臓器を作る「キメラ技術」です。
Human-Animal Chimera | MIT Technology Review
◆人間と動物のキメラ
アメリカの研究センターのいくつかは人間の体の一部を豚や羊の体内で育て、最終的には人間に移植可能な心臓や肝臓などの臓器を作るという試みを行っています。動物の体内で臓器を育てるというこの試みは、ヒト細胞を動物の胚に注入する必要があるため、種の境界を脅かす行為といしてしばしば倫理的批判を受けます。2015年の9月、アメリカ国立衛生研究所は研究初期に立てた方針を転換させ、動物の胚とヒト細胞を組み合わせて作る体組織「人間と動物のキメラ」に関する研究への支援を、科学や社会への影響について詳しく調査が行われるまで打ち切ることを発表しました。アメリカ国立衛生研究所は声明の中で、「最終的に人間の脳細胞を使ったとすれば、動物の『認識状態』を変えてしまうこともできるかもしれないと懸念している」と述べています。
アメリカ国立衛生研究所のアナウンスを知った多くの科学者は、他の資金源を得るために活動を開始しています。人間と動物のキメラは、人間の幹細胞を動物の胚に注入することで作ることができます。その後、妊娠した動物の体内に人間の体組織が出来上がります。MIT Technology Reviewの調査によると、過去12カ月で「豚と人間」もしくは「羊と人間」のキメラが推定20体妊娠したようですが、現在のところ人間と動物のキメラに関する論文は公開されておらず、キメラが誕生したという知らせもありません。
人間と動物のキメラに関する研究を行っているソーク研究所のJuan Carlos Izpisua Belmonte氏は、12体以上の豚が人間とのキメラを妊娠することに成功したと明かしています。また、ミネソタ大学は人間の細胞を含んだ豚の胎児(妊娠62日目)の写真を公開しており、この胎児は先天的に眼球異常を抱えていることが明かされました。
研究は最先端の融合技術に依存しており、これらは幹細胞生物学やゲノム編集技術のブレイクスルーになり得るそうです。ゲノム編集では科学者は豚や羊などの胚のDNAに簡単に手を加えることが可能ですが、それだけでは特定の組織のみを形成させることはできません。そこで、人間の幹細胞を注入することで、移植手術などに使える器官を動物の体内で育てようというのが人間と動物のキメラに関する研究の目的です。この研究に携わるミネソタ大学のDaniel Garry氏は「我々は心臓のない動物を作り出すことができます。また、骨格筋と血管のない豚を作ったこともあります」と述べています。なお、Garry氏は人間の心臓を豚の体内で育てる、という人間と動物のキメラに関する研究に対してアメリカ陸軍からなんと140万ドル(約1億6000万円)の助成金を得ることに成功しています。
キメラ技術が人間の臓器移植の新たな供給源になる可能性から、Garry氏を含む多くの研究者がアメリカ国立衛生研究所の方針転換にもめげずに研究を進めています。2015年11月、Garry氏ら11名のキメラ技術研究者はアメリカ国立衛生研究所の「研究支援の打ち切り」という方針転換について「進歩への恐れ」「(キメラ技術に対して)否定的な影を投げかけるものだ」と批判する声明を出しています。
◆キメラ技術に対する懸念
しかし、もちろんキメラ技術に対する懸念が存在することも確かで、人間の細胞を取り入れることで高い知能や人間の体の一部を持ったキメラが生まれる可能性もあります。アメリカ国立衛生研究所は「知能の高いネズミが生まれ、『外に出たい』と言うことを我々は恐れています」とコメント。
それでも、動物が人間のような意識を持つことは恐らくないだろうと考えられています。それは、動物の脳が人間のものよりもはるかに小さいからです。その上で予防手段として研究者たちは動物と人間の完全なキメラを作り出すことはしていません。代わりに、動物の胚に人間の細胞を注入することでどのような影響が出てくるのかを調査している段階、とのこと。
◆キメラ技術の第一人者は日本人研究者
スタンフォード大学でキメラ技術に関する研究を進める中内啓光氏によると、これまでのところ人間の細胞が動物の体に与える影響は比較的小さくみえるそうで、「人間の細胞が影響を与える範囲は0.5%程度で、これにより思考する豚や2本足で立つ羊が生まれるようなことはないだろう。しかし、もしもこの影響の範囲が例えば40%ほどに広まるとすると、我々は何か手段を講じる必要がある」と語っています。
また、人間と動物のキメラは既に多くの科学的調査の中で広く使用されているそうで、その一例に「人間の免疫系を与えることでヒューマナイズドされたネズミ」などが存在するそうです。このようなキメラは、中絶や流産した胎児から摂取した肝臓や胸腺を、生まれたてのネズミに移植することで誕生します。
2010年、中内氏は日本で多能性幹細胞を用いてマウスの体内でラットのすい臓を作製することに成功しています。これについて「私が臓器の再生に取り組んだ目的は、あくまでも臨床応用にあります。同種間でしか臓器を再生できないのなら、ヒトの臓器はヒトを用いてしか再生できません。そんなことは倫理的に許されないでしょう。しかし、異種間で臓器を再生する可能性が示されれば、たとえばブタの体内でヒトの臓器を育てることも夢ではありません。それでも倫理的な問題は残るかもしれませんが、少なくともヒトの体内で育てるよりはずっと現実味があります」と中内氏は語っています。
しかし、キメラ技術に対する日本の調整が非常に遅かったため、中内氏は2013年にアメリカへ渡米します。これは、アメリカ法がキメラの生成に関する制限を設けていなかったためです。なお、スタンフォード大学は中内氏によるキメラ技術の研究のため、California Institute for Regenerative Medicine(CIRM)から600万ドル(約7億1000万円)もの助成金を受け取っています。また、CIRMはワシントンからの政治的干渉を防ぐための施策を10年前から行っていたため、アメリカ国立衛生研究所がキメラ技術に関するアナウンスを行ったあとも、中内氏の研究は一切影響を受けていません。
中内氏の研究では、動物の胚に注入する人間の幹細胞に、皮膚や血液をリプログラムして作るiPS細胞が使用されています。そして、研究チームが使用しているiPS細胞のほとんどは中内氏の血液から作成されたものだそうです。この理由について中内氏は「我々がボランティアから得た血液などからiPS細胞をつくり、これを動物に注入したとすると、特別な同意が必要となってきます。なので、私は自分の血液で作ったものを使用しているんです」ときまり悪そうに語っています。
中内氏によると、キメラ技術と聞くと、多くの人々が神話の中に登場する怪物を想像するそうですが、研究内容について詳しく説明すると多くの人が考え方を改めるそうです。この理由のひとつは、中内氏のiPS細胞を注入した胚が動物の体内で育てば、中で育ったキメラは完全な移植器官として適合する、という事実があるからだそうです。また、移植手術の順番待ちには何年もかかる可能性がありますが、キメラ技術を使えば移植用の器官を1年以内に作り出すことが可能とのこと。
なお、中内氏は「私の見解では、人間の細胞の影響は最低限しかなく、恐らく3~5%ほどでしょう。しかし、万が一脳に100%の影響を及ぼしたとしたら?万一、胎児がほとんど人間と同じように育っていたら?これらは我々が期待しているものとは違う結果ですが、誰も行っていないことなので、除外することはできません」とキメラ技術について語っています。
参照元 : gigazine
2016.06.01
科学分野だけではなく、オカルト・不思議分野にも造詣が深い理学博士X氏が、世の中の仰天最新生物ニュースに答えるシリーズ
今月23日付の英紙「Mirror」によると、昨今、病気の治療や臓器再生の手段として人間と動物の“キメラ研究”が盛んになっているという。
■夢がある? キメラ胚の研究
生物学でいうキメラとは、2つ以上の異なる遺伝情報を持つ細胞から作られた1個の生物個体を指す。広義では、接ぎ木された植物や異種間臓器移植を受けた動物もキメラに当たる。しかし今話題になっているのは、生物の初期発生段階にあたる胚でのキメラ作成。つまり、一部は人間由来、一部は他の動物由来という胚を作成することで、ハイブリッド生物を誕生させようとしているのだ。
キメラ胚の研究は世界中で行われているが、その第一人者として知られているのが、スタンフォード大学の中内啓光教授(東京大学の教授も兼任)である。
中内氏らは、この技術をiPS細胞を使った臓器再生に応用している。ES細胞やiPS細胞による再生医療研究は日々進歩しているが、試験管や培養皿の中では臓器の複雑な形を再現することができない。中内氏らの手法ではまず、膵臓を作れなくした遺伝子改変ブタの胚にヒト由来のiPS細胞を移植し、人間とブタのキメラ胚を作成する。この胚を子宮に移植して発育させると、子ブタはヒトの膵臓を持って生まれてくる。後は子ブタが成長し、膵臓が適切なサイズになるのを待つだけだ。
難病に苦しみ臓器移植を待つ人々にとって、なんとも夢のある話ではないだろうか。
しかしながら、この技術は様々な問題を孕んでいる。生物学に詳しいX氏はこう解説する。
「キメラ胚の問題の一つに、ヒトの細胞が動物にどのような影響を与えるか、まだわからないということがあります。例えば、ヒトの脳細胞をもった動物が生まれる可能性だってあります。実験の結果、ヒトのような知性を持った動物が生まれたとしたら? キメラが繁殖してしまったら? 科学界のみならず、社会全体に与える影響は計り知れません。このような恐れもあり、アメリカ国立衛生研究所(NIH)は2015年にキメラ胚への支援を中断すると発表しました」
なんと、アメリカの公的機関がキメラ胚研究を中止させようとしているのだという。しかし、とX氏は続ける。
「キメラ胚による移植用臓器研究は魅力的ですから、NIHがどう言おうと、資金援助する団体は多い。実際、アメリカだけでも少なくとも20体のブタとヒトあるいはヒツジとヒトのキメラ胚が樹立されたと言われています。研究の進歩に規制も議論も追いついていないのが現状です」
実は、動物とヒトのキメラはすでに生まれているかもしれない、とX氏は語る。それが我々の目の前に現れる日も、それほど遠くはないのかもしれない。
(吉井いつき)
・理学博士シリーズはコチラ
参考:「The Daily Mirror」、「科学技術振興機構」、「NIH」、「MIT」、ほか
参照元 : TOCANA
多能性幹細胞を用いてマウスの体内でラットの膵臓を作製することに成功
JST 課題解決型基礎研究の一環として、東京大学医科学研究所の中内 啓光 教授とJST 戦略的創造研究推進事業 ERATO型研究「中内幹細胞制御プロジェクト」の小林 俊寛 研究員らは、マウスの体内にラットの多能性幹細胞注1)由来の膵臓(すいぞう)を作ることに成功しました。
現在、臓器不全症の治療には臓器移植や人工臓器が主に用いられていますが、ドナー不足や生体適合性の問題など解決すべき点も多く、移植可能な臓器を患者自身の細胞から作ることは再生医療の重要な目標の1つとなっています。しかし、臓器のような三次元的な構造を生体外で再現することは極めて困難です。
本研究では、「胚盤胞補完法(はいばんほうほかんほう)注2)」という技術を用いて、マウスの体内にラットの膵臓を作製することに成功しました。具体的には、膵臓ができないように遺伝子操作したマウスの受精卵が胚盤胞(受精3~4日後)に達した段階で、正常なラット由来の多能性幹細胞を内部に注入し、仮親の子宮へ移植しました。その結果、生まれてきたマウスの膵臓は全てラットの多能性幹細胞由来の膵臓に置き換わっていました。また、このマウスは成体にも発育し、インスリンを分泌するなど臓器としても正常に機能しました。
マウスとラットという種を超えた胚盤胞補完法に成功したことから、本研究成果を応用すれば、ヒトの臓器がどのように形成されるのか、そのメカニズムを異種動物の体内で解析することが可能になります。さらに大型動物の体内でヒト臓器を再生するといった、全く新しい再生医療技術の開発に大きく貢献するものと期待されます。本研究は東京大学と共同で行われ、本研究成果は、2010年9月3日(米国東部時間)発行の米国科学雑誌「Cell」に掲載されます。
現在、臓器不全症の治療には臓器移植や人工臓器が主に用いられていますが、ドナー不足や生体適合性の問題など解決すべき点も多く、移植可能な臓器を患者自身の細胞から作ることは再生医療の重要な目標の1つとなっています。しかし、臓器のような三次元的な構造を生体外で再現することは極めて困難です。
本研究では、「胚盤胞補完法(はいばんほうほかんほう)注2)」という技術を用いて、マウスの体内にラットの膵臓を作製することに成功しました。具体的には、膵臓ができないように遺伝子操作したマウスの受精卵が胚盤胞(受精3~4日後)に達した段階で、正常なラット由来の多能性幹細胞を内部に注入し、仮親の子宮へ移植しました。その結果、生まれてきたマウスの膵臓は全てラットの多能性幹細胞由来の膵臓に置き換わっていました。また、このマウスは成体にも発育し、インスリンを分泌するなど臓器としても正常に機能しました。
マウスとラットという種を超えた胚盤胞補完法に成功したことから、本研究成果を応用すれば、ヒトの臓器がどのように形成されるのか、そのメカニズムを異種動物の体内で解析することが可能になります。さらに大型動物の体内でヒト臓器を再生するといった、全く新しい再生医療技術の開発に大きく貢献するものと期待されます。本研究は東京大学と共同で行われ、本研究成果は、2010年9月3日(米国東部時間)発行の米国科学雑誌「Cell」に掲載されます。
本成果は、以下の事業・研究プロジェクトによって得られました。
戦略的創造研究推進事業 ERATO型研究
研究プロジェクト : 「中内幹細胞制御プロジェクト」
研究総括 : 中内 啓光(東京大学医科学研究所 教授)
研究期間 : 平成19~24年度
JSTはこのプロジェクトで、臓器発生過程の基礎的研究と、その知見に基づいた臓器再生法確立のための新技術の研究を行っています。
<研究の背景と経緯>
臓器不全症の治療には現在、主に人工臓器や臓器移植が用いられています。例えば慢性腎不全の場合、約30万人もの人が人工透析を受けています(社団法人 日本透析医学会 2009年データ)。しかし、その治療費が年間1兆円を超え保険財政をひっ迫させているばかりでなく、何よりもこれらの患者は多くの合併症に苦しんでいます。
一方で腎移植は、より有効な治療と考えられますが、社団法人 日本臓器移植ネットワークのデータによると2010年8月時点で移植待機者は約12,000人にのぼり、国外で移植を受けるといういわゆる渡航移植も問題となっています。慢性腎不全の原因の第1位は糖尿病性腎症であり、糖尿病の増加に伴って慢性腎不全患者も増加の一途をたどっています。このような背景の中、移植可能な臓器を患者自身の細胞から作ることは再生医療の重要な目標の1つとなっています。そのための細胞として期待されているのが生体内の全ての細胞に分化が可能な多能性幹細胞です。
多能性幹細胞である胚性幹細胞(Embryonic Stem cell:ES細胞)注3)がヒト受精卵から樹立されて以来、臨床応用を目指した多くの研究が進められてきました。特に近年、誘導型多能性幹細胞(induced Pluripotent Stem cell:iPS細胞)注4)技術の開発により、分化が進んだ体細胞をES細胞とほぼ同等の能力を持つ多能性幹細胞に簡便かつ再現性よく転換できることが可能になりました。これにより“自分の多能性幹細胞”から生体外で望みの細胞を作ることへの道が開け、糖尿病やパーキンソン病などのさまざまな疾患の治療に応用されようとしています。
しかし臓器を作るためには、その三次元的な構造を生体外で再現しなければならず、困難を極めます。そこで本研究では「胚盤胞補完法(Blastocyst complementation)」の技術に注目しました。胚盤胞補完法とは、特定の細胞を作る能力を欠損しているマウスの胚盤胞に正常なマウス由来の多能性幹細胞を注入しキメラ注5)が成立すると、欠損した細胞が完全に多能性幹細胞由来のものに置き換えられるというもので、今から15年ほど前にリンパ球を欠損したマウスを用いてその原理が報告されています。今回、この原理を応用し、遺伝的に特定の臓器を欠損するマウスの胚盤胞に多能性幹細胞を注入することで生体内で多能性幹細胞由来の臓器が作れないかと考えて研究を進めました。
<研究の内容>
(1)胚盤胞補完法を利用した多能性幹細胞からの臓器作出(図1A)
本研究ではまず、胚盤胞補完法により臓器が作れるかを明らかにするため、マウスの多能性幹細胞と、膵臓ができないように遺伝子操作したPdx1ノックアウト(KO)マウス注6)を用い、多能性幹細胞由来の膵臓が作れるかを試みました。Pdx1 KOマウスの胚盤胞に緑色蛍光たんぱく質EGFPで標識した多能性幹細胞(ES細胞もしくはiPS細胞)を注入し、仮親の子宮へ移植した後、新生児を解析しました。その結果、多能性幹細胞の寄与が認められたPdx1 KOマウスの膵臓は、一様にEGFP蛍光を示しました(図2)。EGFP陽性細胞の分布と、膵臓の機能を示す生体因子との相関を組織学的に確認したところ、膵臓を構成する外分泌組織、内分泌組織、膵管のそれぞれが全てEGFP陽性の多能性幹細胞由来の細胞から構成されていました。そのような膵臓を持ったマウスは高血糖などの症状を示すことなく成体まで発育し、正常な耐糖能も獲得していることから、多能性幹細胞由来の膵臓が生体内で正常に機能していることが分かりました。また、iPS細胞由来の膵臓から単離した膵島を糖尿病マウスに移植して血糖を正常化させることにも成功し、膵島移植のドナーとしても利用できることを示しました。このことから、胚盤胞補完法により多能性幹細胞由来の機能的な臓器を作り出せることが分かりました。
(2)マウスおよびラット多能性幹細胞を用いた異種動物間キメラ注7)の成立(図1B)
次に異種動物間におけるキメラ形成能を確認するため、多能性幹細胞(ES細胞もしくはiPS細胞)を用いたマウス-ラット間の異種動物間キメラ作製を試みました。EGFP標識したマウス多能性幹細胞をラットの胚盤胞に、逆にEGFP標識したラット多能性幹細胞をマウスの胚盤胞に注入したところ、マウスおよびラットの多能性幹細胞は互いの胚発生に寄与し、出生後も生存可能な異種動物間キメラの作製に成功しました(図3)。EGFP蛍光を指標に異種の多能性幹細胞由来の細胞の分布を確認したところ、ほぼ全ての組織においてEGFP陽性細胞の存在が確認されたことから、多能性幹細胞を用いることで世界初のマウス-ラット異種動物間キメラを双方向から作製することに成功し、注入された多能性幹細胞は異種動物の環境においても正常に胚発生を経て全身の機能的な細胞に分化できることが分かりました。
(3)異種間胚盤胞補完法を用いて、マウス体内にラットの膵臓を作る(図1C)
最後に、上記(1)と(2)の知見を組み合わせてラットiPS細胞をPdx1 KOマウスの胚盤胞に注入することで、異種動物間胚盤胞補完法を介してラットの膵臓をマウス体内に作り出そうと試みました。その結果、Pdx1 KOマウス体内で一様にEGFP蛍光を示すラットiPS細胞由来の膵臓を作出することに成功しました(図4a)。それらは組織学的な解析においても一様にEGFP蛍光を示す細胞で構成されており、膵臓の機能を示す生体因子の発現も認められました。また、このラットiPS細胞由来の膵臓を持ったPdx1 KOマウスは成体にも発育し(図4b)、正常な耐糖能を獲得していました。
以上の結果から、マウスの体内にラットの多能性幹細胞由来の膵臓を作ることで、異種動物間の胚盤胞補完法により異種個体内に多能性幹細胞由来の臓器を作るという原理を証明しました。
<今後の展開>
本研究成果から、多能性幹細胞と胚盤胞のように、用いる細胞と胚が適切なタイミングと場所で同調すれば、例え異種動物の環境であっても、発生過程を利用して外から入れた細胞由来の臓器を作り出せることが分かりました。この原理を応用すれば、ヒトの臓器がどのように形成されるのか、そのメカニズムを異種動物の体内で解析することが可能になります。さらに患者由来の多能性幹細胞や、そこから生体外で分化させた細胞や組織を大型動物の個体の中に適切なタイミングと場所に移植することで、自身の臓器を作ることも可能になるかもしれません。このように本研究で証明した原理は、臓器再生という再生医療の最終的な目的を実現するための最初のステップとなりうるものと期待されます。
<参考図>
図1 本研究成果の概略図
図2 Pdx1 KOマウス体内に作られたマウスiPS細胞由来の膵臓(点線内)
図3 マウス-ラット異種動物間キメラ
右:野生型ラット
中:ラットiPS細胞を野生型のマウスの胚盤胞に注入してできたキメラマウス
左:野生型マウス
図4 (a)Pdx1 KOマウス体内に作られたラットiPS細胞由来の膵臓(点線内)と、(b)ラットiPS細胞由来の膵臓を持つPdx1 KOマウス個体
<用語解説>
注1) 多能性幹細胞
試験管内などの人工的に構成された条件下(in vitro)で無限の増殖能を持ち、生体の全ての組織の細胞に分化が可能な細胞。
注2) 胚盤胞補完法(Blastocyst complementation)
1993年にJianzhu Chenらによって報告された方法。彼らは免疫グロブリンの構成に必要な酵素Rag2を欠損し、成熟したリンパ球を持たないRag2ノックアウト(KO)マウスの胚盤胞に正常なES細胞を注入することでキメラマウスを作製した。それらを解析したところ、成熟したリンパ球は全てES細胞由来のものであった。このことから胚盤胞注入後に発生に寄与したES細胞由来の細胞が欠損している細胞系譜を補完できることを示した。
注3) 胚性幹細胞(Embryonic Stem cell:ES細胞)
受精後の胚盤胞(受精後4日程度の胚)に存在する内部細胞塊から樹立される多能性幹細胞。マウスでは1983年にMartin Evansらによって、ヒトでは1998年にJames Thomsonらによって、その樹立が報告された。
注4) 誘導型多能性幹細胞(induced Pluripotent Stem cell:iPS細胞)
生体に存在する体細胞に特定の遺伝子(初期の報告ではOct3/4、Sox2、Klf4、c-Mycの4つ)を導入することで誘導される多能性幹細胞。マウスでは2006年に、ヒトでは2007年に、それぞれ京都大学の山中 伸弥 教授らによって樹立が報告された。
注5) キメラ
胚同士の接着、もしくはES細胞を胚盤胞に注入することで得られる個体で、2種類以上の遺伝的に異なる細胞からなる。マウスではこのことを利用し、古くからノックアウトマウス作製に用いられてきた。
注6) Pdx1ノックアウト(KO)マウス
Pdx1は膵臓の発生に中心的な役割を持つ転写因子で、この遺伝子を破壊されたマウス(ノックアウトマウス)は膵臓が形成されないため、生後すぐに死亡する。
注7) 異種動物間キメラ
キメラを“種の異なる”2種類以上の細胞および胚を用いて作製した個体。1984年にFehilly C.らはヒツジ-ヤギのキメラ“Geep(ギープ)”の作製に成功したが、マウス-ラット間ではin vitroで混合胚はできるものの生存可能なキメラの存在は皆無であった。
<論文名>
“Generation of Rat Pancreas in Mouse by Interspecific Blastocyst Injection of Pluripotent Stem Cells”
(多能性幹細胞と異種間胚盤胞補完法を利用したマウス内におけるラット膵臓の作出)
doi: 10.1016/j.cell.2010.07.039
参照元 : 科学技術振興機構(JST)
豚や羊の中で人間の臓器を作る「キメラ技術」とは?
2016年01月13日 20時00分00秒
体組織や臓器を移し替える移植手術は、ドナーが見つからなければ見つかるまで延々と待ち続けなければいけません。そんな移植待ち状態を解消する光となるかもしれない技術が、動物の体内で人間の臓器を作る「キメラ技術」です。
Human-Animal Chimera | MIT Technology Review
◆人間と動物のキメラ
アメリカの研究センターのいくつかは人間の体の一部を豚や羊の体内で育て、最終的には人間に移植可能な心臓や肝臓などの臓器を作るという試みを行っています。動物の体内で臓器を育てるというこの試みは、ヒト細胞を動物の胚に注入する必要があるため、種の境界を脅かす行為といしてしばしば倫理的批判を受けます。2015年の9月、アメリカ国立衛生研究所は研究初期に立てた方針を転換させ、動物の胚とヒト細胞を組み合わせて作る体組織「人間と動物のキメラ」に関する研究への支援を、科学や社会への影響について詳しく調査が行われるまで打ち切ることを発表しました。アメリカ国立衛生研究所は声明の中で、「最終的に人間の脳細胞を使ったとすれば、動物の『認識状態』を変えてしまうこともできるかもしれないと懸念している」と述べています。
アメリカ国立衛生研究所のアナウンスを知った多くの科学者は、他の資金源を得るために活動を開始しています。人間と動物のキメラは、人間の幹細胞を動物の胚に注入することで作ることができます。その後、妊娠した動物の体内に人間の体組織が出来上がります。MIT Technology Reviewの調査によると、過去12カ月で「豚と人間」もしくは「羊と人間」のキメラが推定20体妊娠したようですが、現在のところ人間と動物のキメラに関する論文は公開されておらず、キメラが誕生したという知らせもありません。
人間と動物のキメラに関する研究を行っているソーク研究所のJuan Carlos Izpisua Belmonte氏は、12体以上の豚が人間とのキメラを妊娠することに成功したと明かしています。また、ミネソタ大学は人間の細胞を含んだ豚の胎児(妊娠62日目)の写真を公開しており、この胎児は先天的に眼球異常を抱えていることが明かされました。
研究は最先端の融合技術に依存しており、これらは幹細胞生物学やゲノム編集技術のブレイクスルーになり得るそうです。ゲノム編集では科学者は豚や羊などの胚のDNAに簡単に手を加えることが可能ですが、それだけでは特定の組織のみを形成させることはできません。そこで、人間の幹細胞を注入することで、移植手術などに使える器官を動物の体内で育てようというのが人間と動物のキメラに関する研究の目的です。この研究に携わるミネソタ大学のDaniel Garry氏は「我々は心臓のない動物を作り出すことができます。また、骨格筋と血管のない豚を作ったこともあります」と述べています。なお、Garry氏は人間の心臓を豚の体内で育てる、という人間と動物のキメラに関する研究に対してアメリカ陸軍からなんと140万ドル(約1億6000万円)の助成金を得ることに成功しています。
キメラ技術が人間の臓器移植の新たな供給源になる可能性から、Garry氏を含む多くの研究者がアメリカ国立衛生研究所の方針転換にもめげずに研究を進めています。2015年11月、Garry氏ら11名のキメラ技術研究者はアメリカ国立衛生研究所の「研究支援の打ち切り」という方針転換について「進歩への恐れ」「(キメラ技術に対して)否定的な影を投げかけるものだ」と批判する声明を出しています。
◆キメラ技術に対する懸念
しかし、もちろんキメラ技術に対する懸念が存在することも確かで、人間の細胞を取り入れることで高い知能や人間の体の一部を持ったキメラが生まれる可能性もあります。アメリカ国立衛生研究所は「知能の高いネズミが生まれ、『外に出たい』と言うことを我々は恐れています」とコメント。
それでも、動物が人間のような意識を持つことは恐らくないだろうと考えられています。それは、動物の脳が人間のものよりもはるかに小さいからです。その上で予防手段として研究者たちは動物と人間の完全なキメラを作り出すことはしていません。代わりに、動物の胚に人間の細胞を注入することでどのような影響が出てくるのかを調査している段階、とのこと。
◆キメラ技術の第一人者は日本人研究者
スタンフォード大学でキメラ技術に関する研究を進める中内啓光氏によると、これまでのところ人間の細胞が動物の体に与える影響は比較的小さくみえるそうで、「人間の細胞が影響を与える範囲は0.5%程度で、これにより思考する豚や2本足で立つ羊が生まれるようなことはないだろう。しかし、もしもこの影響の範囲が例えば40%ほどに広まるとすると、我々は何か手段を講じる必要がある」と語っています。
また、人間と動物のキメラは既に多くの科学的調査の中で広く使用されているそうで、その一例に「人間の免疫系を与えることでヒューマナイズドされたネズミ」などが存在するそうです。このようなキメラは、中絶や流産した胎児から摂取した肝臓や胸腺を、生まれたてのネズミに移植することで誕生します。
2010年、中内氏は日本で多能性幹細胞を用いてマウスの体内でラットのすい臓を作製することに成功しています。これについて「私が臓器の再生に取り組んだ目的は、あくまでも臨床応用にあります。同種間でしか臓器を再生できないのなら、ヒトの臓器はヒトを用いてしか再生できません。そんなことは倫理的に許されないでしょう。しかし、異種間で臓器を再生する可能性が示されれば、たとえばブタの体内でヒトの臓器を育てることも夢ではありません。それでも倫理的な問題は残るかもしれませんが、少なくともヒトの体内で育てるよりはずっと現実味があります」と中内氏は語っています。
しかし、キメラ技術に対する日本の調整が非常に遅かったため、中内氏は2013年にアメリカへ渡米します。これは、アメリカ法がキメラの生成に関する制限を設けていなかったためです。なお、スタンフォード大学は中内氏によるキメラ技術の研究のため、California Institute for Regenerative Medicine(CIRM)から600万ドル(約7億1000万円)もの助成金を受け取っています。また、CIRMはワシントンからの政治的干渉を防ぐための施策を10年前から行っていたため、アメリカ国立衛生研究所がキメラ技術に関するアナウンスを行ったあとも、中内氏の研究は一切影響を受けていません。
中内氏の研究では、動物の胚に注入する人間の幹細胞に、皮膚や血液をリプログラムして作るiPS細胞が使用されています。そして、研究チームが使用しているiPS細胞のほとんどは中内氏の血液から作成されたものだそうです。この理由について中内氏は「我々がボランティアから得た血液などからiPS細胞をつくり、これを動物に注入したとすると、特別な同意が必要となってきます。なので、私は自分の血液で作ったものを使用しているんです」ときまり悪そうに語っています。
中内氏によると、キメラ技術と聞くと、多くの人々が神話の中に登場する怪物を想像するそうですが、研究内容について詳しく説明すると多くの人が考え方を改めるそうです。この理由のひとつは、中内氏のiPS細胞を注入した胚が動物の体内で育てば、中で育ったキメラは完全な移植器官として適合する、という事実があるからだそうです。また、移植手術の順番待ちには何年もかかる可能性がありますが、キメラ技術を使えば移植用の器官を1年以内に作り出すことが可能とのこと。
なお、中内氏は「私の見解では、人間の細胞の影響は最低限しかなく、恐らく3~5%ほどでしょう。しかし、万が一脳に100%の影響を及ぼしたとしたら?万一、胎児がほとんど人間と同じように育っていたら?これらは我々が期待しているものとは違う結果ですが、誰も行っていないことなので、除外することはできません」とキメラ技術について語っています。
参照元 : gigazine
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