2018年4月20日金曜日

2つの錯視画でわかる統合失調症判定テスト

錯視画でわかる「統合失調症判定テスト」がヤバい! 正解したら統合失調症の可能性…研究者が発表!

2018.04.15

統合失調症はスキゾフレニアとも呼ばれ、幻覚や妄想症状が特徴的な精神疾患であるが故に、感覚・思考・行動が歪んでいることを自覚しにくく、事実とフィクションを区別することが難しくなる。ただ、統合失調症は全人口のおよそ1%に発症すると言われており、決して珍しい病気ではない。

■2つの錯視画でわかる統合失調症判定テスト

既存の統合失調症診断は、本人および家族への丁寧な問診やロールシャッハ検査が用いられるなど、医師の主観に基づくものがほとんどであった。しかし現在ではこの病気のチェックテストとして錯視画が有効であることが研究者によって突き止められている。

興味深いことに、この病気でない人には見分けにくい錯視が、統合失調症患者には簡単に見分けることができるのだ。ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン=UCL眼科研究所のスティーブ・デイキン博士によると、統合失調症の患者は常に幻覚を見ていると思われがちで、確かに彼らの物の見方は私たちと異なっているが、視覚について言えば普通の人々よりも正確であるという。

統合失調症のテストに使用される2つの錯視画は以下のようなものだ。被験者は白黒模様の画像を示される。そして中央の大きな円の真ん中の円と同じコントラストを持つ円を、回りの小さい円から選ぶ。

※問題(1)



●正答:1番上の図が正解。患者でない人は3番目の図を選択しやすい。



※問題(2)



●正答:1番上から時計回りに4番目が正解。患者でない人は7番目を選択しやすい。



これは「チャブ錯視」と呼ばれるもので、コントラストの高い模様の上に対象画像を置くと、その画像が実際より暗く見える目の錯覚である。

統合失調症の人はこの錯視テストを楽々とそして素早く判断し“処理”できる。この研究では統合失調症患者15人のうち12人は、コントラストを正確に知覚することができたという。患者でない人は、コントラストの高い背景によって惑わされ、実際より暗いグレーのものを選んでしまった。

■なぜ統合失調症患者は錯視に騙されないのか

錯視画を見ている時、人間の脳は前頭頭頂制御ネットワークと、目から情報を受け取る脳の視覚野の結びつきが強くなる。それによって予想する視覚が優勢になるように脳が処理し、実際には見えている視覚情報を圧倒すると研究者は考えている。

一方、統合失調症患者の場合は、脳にこのような結びつきが発生しないので、結果的に、画を見えるままの事実として受け入れるという。同様に、アルコールやドラッグを使用している人も、この錯視に引っかからないということだ。脳が見ているものと、見えると予想されるものとがうまく結びつかない状態が、これらを使用している人の脳でも引き起こされている可能性がある。

■治療への一歩

この興味深い発見は、統合失調症患者が感情情報を適切な文脈を用いて解釈することが難しいという仮説を証拠立てるものと捉えることができる。

前出のデイキン博士は、次のように説明する。

「通常、脳内の文脈的プロセスは、関連するものに焦点を当てるのに役立ちます。これは、私たちの脳が情報に圧倒されるのを阻止するためです。統合失調症の脳では、このプロセスが効果的に機能していないようです。おそらく、脳内の細胞が交互に切り替わるプロセスが原因である可能性があります」

多くの統合失調症者は他人の行動を誤って解釈し、被害妄想的な感情を持つことが多いが、その理由は感情情報の「文脈判断」「状況判断」にあるという。多くの研究者が、今回の彼らの研究が統合失調症診断上に大きな意味を持つと考えている。

錯視画が、このような研究目的に使用されているとは知らなかった。時としてわざと間違いを起こさせるのだから、人間の脳は微妙かつ精巧な機能を有する。しかし反対に「故障」が起きると「修理」が難しいのも人間の脳だ。この研究は、より客観的な統合失調症診断のための一歩になることだろう。

(文=三橋ココ)



参考:「The Minds Journal」ほか

参照元 : TOCANA

最初に見えたもので依存症、幼稚、金に固執なのか分かる心理テスト

【心理テスト】最初に見えたもので分かる“ハマりがちなダメ恋人”が当たる! 依存症、幼稚、金に固執…!

2018.04.18

せっかく恋人ができたのにいつも長続きしない、もしくは付き合う相手が代わってもなぜか毎回同じような悩みを抱えてしまう……。もし恋愛するたびにこのようなパターンを繰り返しているとしたら、それはそもそもあなたの恋人の選び方に何か理由があるのかもしれない。

今回の性格診断テストは、そんな自分でも気がついていない恋愛に関する深層心理を教えてくれる。

覚悟が決まったら絵を見て、真っ先にどのイメージをとらえたかを直感のまま答えてみてほしい。



思わずハッとしてしまうかもしれない、自分の恋愛ウィークポイントをとしっかり向き合ってみよう。

1. 男の顔

健全な恋愛関係を結びにくい。不倫やアルコール、ギャンブルなど何かに依存している人、借金持ちなど、いわゆる恋愛関係を結ぶのは不向きな相手に縁があるようだ。

相手に危険な香りがしたら、情がうつる前に冷静に関係を絶つように。

つらい過去があっても恋愛に臆病になることはない、過去の過ちを繰り返さないように今後はしっかり足を地につけて、一緒にいて居心地の良い安全なパートナーを探してみよう。

2. 枝をくわえる鳥

天性の世話好きで、恋に落ちた相手への尽くしっぷりがすごい。

それが過剰になってしまうこともしばしばだが、あまり度を越さないように。世話を焼かずにはいられない未熟な相手を選んでしまったり、あなたの親切に慣れすぎて態度が尊大になってしまうような相手は避けたい。

落ち着きがあり分別がわかる成熟した大人の相手を選びさえすれば、あなたの良さがきちんと発揮されるはずだ。自分を安売りしたり過小評価しないように。

3. 岩の上の人魚姫

自分には良いことや良い人がすぐに現れるはずだ、と夢見がち。

全てにおいて理想主義者だが、特に恋愛になると顕著だ。だが素敵な人が見つかったからといって、果たして本当にその人の本質をとらえているのだろうか。

自分は世界の中心にいてパワフルで特別だ、というスタンスは変えようもないのでそのままで結構だが、自分の思い描く理想のイメージを追い求めすぎると現実の恋愛は遠ざかっていくことは理解しておきたいところ。

4. 貝の中の真珠

物やお金に固執するタイプ。より良いもの、高価なものを好む傾向がある。

売れていないアーティストなど、お金のない相手と恋に落ちることがあるかもしれないが、ほとんどの場合は一瞬の気の迷いで終わるだろう。ある意味明確な判断基準を持っているので失敗しにくいが、こだわりが行き過ぎないよう心掛けたい。

ひょっとしたら自分の基準に満たなくても、真に相性の良い人と出会える可能性もあるので、門戸を少し広げてみよう。



頭ではわかっていてもそううまくは運ばないのが恋愛だ。恋愛に自信をなくしている人、勇気が出ない人へ、今回の結果がほんの少しでも貢献できたら幸いである。

(文=Maria Rosa.S)

参考:「Your Tango」ほか

参照元 : TOCANA

2018年4月19日木曜日

英研究者「人は一人で死ぬことを好む。家族の顔も見たくなくなる」

【ショック】人は死ぬとき孤独になることを好むことが判明! 英研究者「家族の顔も見たくなくなる」

2018.02.02



オウム真理教開祖・麻原彰晃が語った数少ない真理の1つに「人は死ぬ、必ず死ぬ、絶対死ぬ、死は避けられない」という言葉がある。これを読んでいる読書も、生まれたばかりの赤ちゃんも、みんな最後は死ななくてはならない。臨終に際して、あなたはどうやって死にたいだろうか?

■ひとりで死ぬ方が良いと考える人たち

素直な多くの人にとって、家族に看取られながら畳(あるいはベッド)の上で死ぬことが理想の死に方だろう。ひとりで誰にも看取られず死ぬなんて、それまでの人生を全て否定されるかのような恐ろしさを感じるかもしれない。だが、ひとりで死ぬことは絶対に“悪い”ことなのだろうか?

英・ノッティンガム大学の研究者グレニス・キャズウェル氏は、これまでの経験から、少なくない人がひとりで死ぬことを選び、直前には家族の顔も見たくなくなることがあると「Conversation」(20日付)で語っている。

「あるホスピスのナースたちは、誰もひとりで死ぬべきではないと考えていますが、臨終の間際に、看取っている家族を外に出ていかせ、ひとりで死ぬことを好む患者たちがいると報告しています」(キャズウェル氏)



また、キャズウェル氏は、ひとりで生活している年配者らに話を聞いたところ、彼らの中にも、ひとりで死ぬことを好んでいる人がいたという。そういった人たちにとっては、ひとりで死ぬことよりも、老人ホームで毎日を過ごす方がよほど苦痛だというのだ。

ひとりで死ぬことが誰にとっても必ず良いというわけではないが、キャズウェル氏は、ひとりで死ぬことが常に悪いという一面的な見方を改め、死の在り方について議論をはじめ、さまざまな死に方が容認されるべきだと考えているという。

■死ぬ時は皆ひとり



20世紀最高の哲学者と称されることもあるドイツのマルティン・ハイデガーは、死について深く思索した思想家の1人だ。彼によれば人間は己を「死に向かう存在」と自覚することで本来的に生きられるようになるという。しかし、このことが人間を孤独にもするという。

なぜなら自分の死は自分で引き受けなければならず、他人に代わってもらうことができないからだ。また、自らが死ぬ時も、誰かと一緒に死ぬことは不可能であり、どんな人も(たとえ家族が看取っていても死と向き合うのは自分しかないのだから)孤独に死ぬことしかできない。



1月21日、保守思想家で評論家の西部邁さん(78)が多摩川で入水自殺した。家族が川に浮かぶ西部さんを発見したが、自殺の際には1人だったものと見られている。この時、西部さんは、ひとりで死ぬ寂しさや恐ろしさを感じながら逝ったのだろうか? 報道によると、西部さんは以前から自殺を示唆していたというから、むしろ、強い意志で自らの生に終止符を打ち、自覚的に自分の死を引き受けたと考えたい。そこに悲しみや恐怖のようなものは無かっただろう。

誰もが自分が死ぬことなんて考えたくないかもしれないが、死の自覚は早ければ早いほど、限りある人生を豊かすることができるだろう。これを機に自分の死に方について少し考えてみては如何だろうか? (編集部)

参考:「The Conversation」、「Daily Mail」、ほか

参照元 : TOCANA