2018年8月25日土曜日

イギリス国民保健サービスのデータ「治療が必要なほど心が傷ついている少女の数は、1997年の7323人から昨年までで1万3463人に増加」メンヘラ問題や自殺は、日本でも問題

メンヘラも自殺も「若い女の子」に限った問題じゃないし、SNSをやり玉に上げるのは止めるべき

2018/8/21(火) 18:18配信



SNSは孤独を救う?

<研究や調査は、なぜだか女性ばかりをフォーカスする形で実施されている。「ジェンダーの区別は、本題から目を逸らさせるための紛らわしい情報」だ>

イギリス国民保健サービス(NHS)のデータによると、治療が必要なほど「心が傷ついている少女」の数は、1997年の7323人から昨年までで1万3463人に増加。オーバードーズ(薬や麻薬の過剰摂取)による病院への入院者数は、同期間で約10倍に当たる249~2736人まで増えている。(英ガーディアン紙)

このデータは女性に限ったものだが、これが1つのジェンダーに起きているわけではないことを強調したい。

【参考記事】米でうつ病が5年で33%増、その理由は...

若年層のメンタル問題や自殺は、日本でも問題になっている。デジタルデバイスが発達・普及したことで、親や上の世代とは違ったうつ病の原因となる可能性が生まれ、中でもSNSには厳しい視線が向けられている。

2016年、英タイムズ紙は自傷行為と摂食障害による入院患者が3年間で2倍になったことをトップニュースとして報じた。当時のテリーザ・メイ内閣で保健相を務めたジェレミー・ハント(現在は外務・英連邦大臣)は、このときSNSが少女たちに与える悪影響を懸念し、2020年までに学校教育でのメンタルヘルス改善するために1億5000万ポンド(約211憶9000万円)を拠出する方針を固めた。

しかし「この対応は問題の核心をついてはいなかった」と英メトロ紙でメンタルヘルス情報を扱うナターシャ・デボン記者は指摘する。最近の調査によると、SNSの使用方法によっては、メンタルに良い影響を及ぼすことが示唆されたのだ。コミュニケーションツールとしては、潜在的に孤立している若者同士を心の支えとなるコミュニティに結びつけ、メンタルヘルスの改善に役立つという。

このほか昨年には、心理系ニュースサイト「サイコロジー・トゥデー」も、「フェイスブックは良いリソースであり、福祉にプラスの効果をもたらす」というミズーリ大学の研究チームの調査結果を報じていた。

デボン記者は、これまで仕事で多くのティーンエイジャーと話しをしてきた。そのなかで出会ったある少女から、専門的な傷害方法(それが良い意味だったとしても)の記事が引き金となり、インターネットで自傷行為の方法を学んだというケースを紹介している。インターネットに情報が氾濫することで、若年層も容易に危険な情報にアクセスできてしまうのはもちろん問題だが、ここで言いたいのは、インターネットが自傷行為の「理由」にはならないということだ。

「自傷行為は常に何らかの苦痛のコミュニケーションである。したがって、この苦しみの原因を問う必要がある」とデボン記者は言う。



貧困家庭の親が長時間労働すれば質の低い家族時間を過ごす子供も増える

貧困と孤独とメンタルと......
2010年は緊縮経済の始まりの年となった。同年に就任した当時のデービッド・キャメロン英首相は、自身が掲げていた財政赤字削減の公約を実行するために福祉予算などを大幅に削減。この結果、しわ寄せを受けた貧困層の生活状況は、より悪化した。

ボランティア団体やNPOが貧困層への支援に力を入れることになったが、パンの施しを受ける列に並ぶことと心の病は、どうやら大きく関係しているようだ。実際、現在イギリスに暮らす410万人の子供たちが貧困に苦しんでおり、うち50万人は食料バンクに頼らなければならない。(英メトロ紙)

さらに悲しいことに、オックスフォード大学の調査によると、この数字は2020年まで増加することになっている。そして、貧富の差は「永久に分断される」としている。何百万もの家族が財政難に陥っているということは、多くの親が長時間労働を強いられ、質の低い家族時間を過ごしていることを意味する。

地方自治体の資金提供により成り立っていたスポーツセンター、(団体組織による)社会奉仕、図書館の閉鎖は、コミュニティの喪失にも繋がった。

「メンタルを病むのは女性」と示唆するかの情報
また、この話題で言及しておきたいポイントがもうひとつ。文頭で触れた通り、研究や調査は、女性ばかりをフォーカスする形で実施されている。デボン記者に言わせると、「ジェンダーの区別は、本題から目を逸らさせるための紛らわしい情報」だ。

日本の状況からも、性別を超えたテーマであることは明らかだ。今年6月に厚生労働省が発表した「自殺対策白書」は、若い世代の自殺が「深刻な状況」と明記している。15~39歳の各年代の死因のトップは「自殺」。男女別では、男性は25~29歳が51.2%、女性は20~24歳が41.8%。15~34歳で最多の死因が自殺となっているのは、主要7カ国の先進国では日本のみというゆゆしい結果となった。

【参考記事】殺人より自殺に走る「内向型」日本人は政府にとって都合が良い

「少女の方が多く伝統的なリストカットという方法で自傷行為をする一方、少年は他人に悟られない方法で自身に痛みを課す傾向がある。例えば、勝つことができないとわかっている人に戦いを故意に挑むことなど」と、デボン記者は言う。

若い女性が自殺を試みるのと同様に、イギリスでも35歳以下の若い男性の一番の死亡原因もまた自殺だ。デボン記者は「少女ばかりが苦しんでいるというのは誤りで、単に兆候が人によって様々なかたちで現れているだけ」と指摘する。

つまり、メンタルの異常や若年層の自殺は、性別の問題でも、そして責めるべきはインターネット、特にSNSでもない。英ザ・ウィーク誌の言葉を借りれば、「精神疾患への道筋は様々であり、精神衛生上の問題がSNSだけに起因することを示唆するのは、過度の単純化だ」

参照元 : newsweekjapan


殺人より自殺に走る「内向型」日本人は政府にとって都合が良い 国民の窮状すべてを自己責任で切り捨てる日本の社会は健全とは言えない

2015年7月21日(火)15時00分



すべてが自己責任 殺人発生率と自殺率を比較した「内向性」の数値では日本と韓国が飛びぬけている

殺人と自殺。いずれも「殺」という文字のついた究極の社会的な逸脱行動であり、その国際ランキングはよく話題になる。殺人率は中南米、自殺率は旧共産圏の社会で高いことはよく知られている。

しかしながら、この逆の方向を向いた2つの逸脱行動を同時に観察することで、当該社会の国民性のようなものが見えてくる。このような試みは、これまであまりないようだ。

下の<表1>は、2010年の殺人発生率と自殺率の国際統計を集計したもの。前者は人口10万人あたりの殺人発生件数であり、出所は国連薬物犯罪事務所(UNODC)ホームページの「Crime and criminal justice statistics」だ。後者は人口10万人あたりの自殺者数で、世界保健機関(WHO)ホームページの「Mortality Database」が出典元だ。



まず主要国の統計を見てみる。殺人率はブラジルが23.3と飛びぬけて高く、日本は0.4と最も低い。自殺率は反対にブラジルが最も低く、トップは韓国で、日本はそれに次ぐ。韓国で自殺率が高いのは、高齢者の自殺が非常に多いためだ。南米は殺人型、日韓は自殺型で、他の欧米諸国はその中間に位置している。

表の右端には、筆者独自の計算で「内向率」という数値を示した。各国の国民がどれほど内向的かを推測する尺度で、殺人と自殺の総和に占める自殺の割合(%)で表わしている。殺人・自殺とも人口10万人あたりの数にしているので、このような計算をしても差し支えないだろう。これをみると日本が98.3%で最も高く、その次が韓国で97.2%、アメリカは72.4%で、ブラジルになると17.8%まで急降下する。

殺人と自殺の総和を極限の危機状況の合計とみなすと、日本ではそのほぼ全てが自殺によって処理されている。一方ブラジルでは、危機打開のための攻撃性の8割以上が「外」に向けられている。日本人の内向性は、国際意識調査でしばしば明らかにされるが、こうした客観的な逸脱統計にもそれははっきりと表れている。

以上は7カ国の比較だが、世界は広い。比較の対象をもっと広げてみよう。上記の資料から、94カ国の殺人発生率と自殺率を収集し、その国際的な位置付けを明らかにしてみた。<図1>は、横軸に自殺率、縦軸に殺人率をとった座標上に、94の社会のデータを配置したグラフだ。



日本や韓国は、自殺率が高く殺人率はとても低いので、右下の底辺を這うような位置にある。対極の左上はその逆だが、先ほど取り上げたブラジル(伯)よりもさらに上の社会があり、中米のエルサルバドルやベネズエラなどは外向性がもっと際立っている。

図中には、内向率を表す斜線を引いている。50%のラインよりも上、つまり自殺よりも殺人が多い社会は30あり、全体の3分の1ほどである。日本の感覚からすれば思いもよらないが、自分よりも他人を殺める社会が結構ある。その程度が著しいのが左上の社会で、多くが中南米やアフリカの国々だ。右下にあるのは、攻撃性のほとんどが自分(内)に向く「内向的」な社会と読める。言わずもがな、日本はその典型である。

わが国は治安が良く、安全な社会だと言われるが、近年にあっては国民の生活不安をもたらす要素は数多くある(格差、貧困、老後の厳しい生活......)。それにもかかわらず社会の秩序が揺るがないのは、これらに由来する苦悩や葛藤の多くが「自己責任」として切り捨てられているからだ。育児や介護などと同じく、生存危機の処理も「私」依存型の社会のようだ。

統治者にすれば都合の良いことだろうが、このような社会が健全であるとは思えない。「他人に助けを求めるのは恥ずべきこと」、「何でもかんでも自己責任」という機械的な思考を克服すると同時に、この「内向的」な国民性の上に政府があぐらをかいていないか、国民は絶えず監視の目を向ける必要があるだろう。

(出典資料:UNODC「Crime and criminal justice statistics」
WHO「Mortality Database」

<筆者の舞田敏彦氏は武蔵野大学講師(教育学)。公式ブログは「データえっせい」>

参照元 : newsweekjapan




























0 件のコメント:

コメントを投稿